【霊的世界54】 僧侶に霊が降りる時 ~懺悔の門~ 特別な日のクルーズ、映画のように

あのような霊的な現象について、更なるS先生の心情を知ることができた・・・と、前回お話した。今回はその続きからである。

唱題プラクティスの中で見せるS先生の様々なお姿【霊的世界53】)について、「こんな感じにまとめてみたのですが、これであってますよね? 大丈夫ですよね?」という意味で、S先生に再び電子メールをお送りした。すると次のようなお返事をいただいた。これが更なるS先生の心情である。

『書かれている内容の部分については、ほとんどこの通りなのですが、大切な何かがはっきり説明されていないように思いました。それは、以下のようなことです。できるだけ正確に心がけて述べると、こんな感じになります。

私は、亡くなられた霊が私の心身に現われますようにと思ったり、自分でセッティング(チューニング)しているわけではないのです。ただただ仏法とひとつであろうとしているだけなのです。そのことによって仏法が私を通して、今必要な事柄を表してくださるのです。そして、もし死者の霊の供養とか、霊的なものがある人に頼ってきていてる場合などは、その解決のために私の心身を通して、霊が表現されることがあるのです。

基本的に私は、心の中では唱えつつ、仏法が指し示す霊的なものにも忠実に身を任せきることを選択します。この場合の私自身の意識は、清明で、心身に現われた霊的現象を観察したり、解釈したりする自分が保たれます。もちろん、継続するか止めるかを選択・決定する自分もあり続けます。

止める場合とは、どういうことかと言いますと、何か緊急事態が起こった場合とか、お出でになった方に、途中で指導などしなければならないことが生じた時などです。』

と、そう書かれてあった。そこから改行された左端に、『合掌』と書いてあり、その直ぐ下にS先生のファーストネイムが記されてあった。

上記長文の『 』内の最後の段落で、「(唱題プラクティスを途中で)止める場合とは、どういうことかと言いますと・・・」という下りの部分で、「お出でになった方」と書かれている。これは、S先生のお寺の本堂内で行われる唱題プラクティスの中で、S先生の身に現れる「霊」のことではなく、お寺に参拝や修行で来られた肉体を持った「普通の人間」のことである。

再度S先生にお聞きしたメールの中で、私はこうもお聞きしてみた、

『「もし死者の霊の供養とか、霊的なものがある人に頼ってきていてる場合などは、その解決のために、私の心身を通して霊が表現されることがあるのです。」と書いてございましたが、これはS先生の「身体」だけでなく、S先生の「心」にも霊が表現してくるのですね?

例えば、霊が深い悲しみを感じていたら、その深い悲しみをS先生の「身体」ではなく、「心」で感じる・・・ということでよろしいのでしょうか? →すみません。ちっともわかってなくて。だから知りたいと思いました。』

と。

でも、やはり私が思った通りだった。S先生からのご回答は下記の通り。

『そうです。ただし、その霊の思いのすべてを感じているかどうかは、わかりません。どうもその場に居合わせる人たちにとって、必要な部分が表現されているように思います。肉体を持った私たちの心と身体は、密接に関わっています。心は単に独立したものではなく、身体的表情や動きに反映します。ただし、心は外部からは、あまりわからない。ですから私たちは、通常身体的表現を通して相手の心を感じる、あるいは想像することが多いと思います。しかし、時に心をダイレクトに感ずることもあります。もらい泣きなどはその一例です。それでも泣くという行為には、ふつう体の動きが伴いますけれどね。

霊の世界も同様です。霊とは精神的領域のもので、通常外部からは五感(感覚器官)で感じられるものではありません。しかし、霊が体現される場合は、心身両面で表現されるわけです。私の場合、体現を通して第三者(参拝や修行で訪れた方などのこと)からも霊の状態や変化を、ある程度感じることができるわけです。わかりにくい霊の状態が、特別に霊感がない人にもある程度わかるようになる、ということに意味がある、と思っています。それだけに修行者は、真空な(透明な)心の状態になることが重要で、自分の思いが入ってはいけないのです。』

これまでずっとS先生の、なんだかよくわからないすごい唱題プラクティスを、お側でずっと見てきているので、今回のこのご回答をいただいた時、「あ、やっぱり私の解釈でよかったんだぁー・・・」と、改めてそう思った。

ここからは、以前にここで少しお話した内容になる。霊がS先生の身体を通じて懺悔をした時のお話なのだが、不思議な事に「南無妙法蓮華経」とお唱えになるS先生のお声に回転がかかるのだ。

それは、丁度S先生の胸の辺りから、球が「コロコロ」と転がってきては、(S先生の)口から「ポッ!」と出てくる感じなのだ。1個ずつである。球は1個ずつ、S先生の口から出てくる感じだった。それが、何度も何度も続いたのだ。本当にすごかった!

S先生はその時、お寺の本堂内のご宝前で、「ビシッ!」と正座をされ、合掌されたまま、ずっとひたすら「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・」と、ただ繰り返しお唱えになっていた。私はその時、S先生より3メートルぐらい離れた右後方にいて、S先生と同じように祈っていた。

その球が1つずつ上がって来ると、S先生がお唱えになる「南無妙法蓮華経」に、波が打つように聞こえるのだ。音を細かく上下に震わせるビブラートではなく、回転がかかりながら、その球が通り過ぎてく感じなのだ。初めてその回転がかった「南無妙法蓮華経」を聞いた時、私は「ん? なんだ今の・・・」と思い、最初は気のせいかとも思った。

でも、あまりにも頻繁に続くので、いつ腰を抜かしてもいいように、それこそ赤ちゃんのようにハイハイしていって、S先生のお顔を覗き込もうかと思ったぐらいだ。S先生の口から出てくるものは、もしかしたら白い球どころか、稲光のようにビリビリと発したプラズマ体かもしれない。下手したら、球ではなく、赤鬼とか、青鬼とかね、そういうような形状をしているかもしれない。そりゃ怖いけど、でも見たいと思った。そのぐらいに、日常生活の中では、なかなか耳にすることはない音声だったのだ。たった1例だけではわからないが、でも、少なくとも私が見た霊の懺悔とは、そういうものだったのである(すごいよぉー!)。

ここで1つ明かすと、エドガー・ケイシー流にいうと、実は、S先生は海王星出身者である。S先生に初めてお会いした時、色んなお話になったのだが、その時に、私は薄々気づいたのだ、「もしかして・・・」と。のちにS先生の出身星を知った時は、私は本当に驚いてしまった! 「やっぱりそうだったのかぁー・・・」と思い、上半身が激しく反り返ってしまった! 海王星は、霊的な力を秘めた星で、水とのつながりが強いと言われてる。

海王星出身者の代表選手といえば、サティア・サイ・ババさんや、アメリカの有名な予言者であるロン・バードさんがそう。日本国内なら、「大本」の開祖である出口なおさんもそう。そこの修行者だったのちの「生長の家」の創始者である谷口雅春さん、「白光真宏会(びゃっこうしんこうかい)」の開祖である五井昌久さん、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんもそうだし、江原さんが唯一「スカウトしたい!」と言った女優の菅野美穂さんもそうなのだ。元SMAPのメンバーである木村拓哉さん、俳優の山本耕史さん、歌手の中森明菜さんや小泉今日子さんもしかり。乃木坂46のメンバーなら、生田絵梨花さん、衛藤美彩さん、川後陽菜さん、中元日芽香さん、樋口日奈さん、新内眞衣さん、大園桃子さんがそうだ。

ヨーガ行者なんかの場合、意識を集中すると、人間の内側の身体を見れる人もいると聞いたことがある。残念ながら、私にはそういった能力はない。霊眼が開いていれば、例えばS先生の身体を借りて今正に懺悔している、そういった霊の姿も見えるようになるのかもしれない。

(完)

 

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 カテゴリー : 霊的世界 | 投稿日 : 2017年3月26日

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