惨劇はここからはじまった。その日の午後、私は必要なものを金庫室に取りに行った。金庫室は窓1つなく、確か空調設備もなかったように思う(ま、そりゃそうよね、金庫室だもん!)。その扉を開けるには、コーヒーでも飲んで、すっかり目を覚ます必要がある。その位に重かった。
その金庫室の扉はたった1つ。そこを開けて中に入って、そしてある資料を手に取った途端、これまでになく異様な臭いがしたのだ。私は思わず、「ゲッ・・・」と思った。
直前までその金庫室にいたのは、あのA氏である。A氏は、糊をしっかり乗せてプレスした、バリバリのきれいなワイシャツを着ていたし、髪もそこそこにまとまってはいたが、寝坊したので、恐らくお風呂には入れなかったんだろうと思った。
A氏とすれ違うと、確かに金庫室と同じ臭いがした。すれ違う度に、何度もそういう臭いがしたのだ。そして、そういう日に限って、金庫室に頻繁に出入りしなければならなかった私は、段々具合が悪くなっていった。そこで、私はこうした。金庫室の外で大きく息を吸って、金庫室に入ったら息を止める。苦しくなったら、時間をかけて細く長く息を吐くのだ。「これだー!」と思った。
周囲の人達はみんなわかっていても、誰も何も言わない。それだけに自分自身で気づきにくい。
(続く)