家の廊下にガラス戸があって、そこからも庭へ出入りできるようになっていた。その段差を少なくするために、地面に墓石のような細長い石が、踏み台としてそこに置かれていた。その時、私は幼稚園児か、小学校低学年の児童だったと思う。片足で、その踏み台を上ったり下りたりして遊んでいた。繰り返すうちに、ジャンプに失敗してつんのめた。反射神経で私は両手をついたが間に合わず、唇を打った。切りはしなかったが、ジンジンとした痛みと共に、なんだか膨大に腫れていくのがわかった。「いたぁーーー・・・」と思って、慌てて口を抑えたが、泣きはしなかった。不思議なことはここからはじまった。
この日を境に、忘れた頃になると決まって、唇が突然ジリジリと痺れ出し、その痺れが瞬く間に口の中まで広がっていった。鏡で見ても普通の状態で、唇が実際に腫れていることは1度もなかった。外からは極普通の状態に見えるのに、感覚的な膨張感だけが起こるのだ。どんなに長くても10分も耐えれば、その症状は消える。その最中やその前後で、不安感や心配事、疲労感などがあったわけでもない。そういう事が1年に1度あるかないかだったが、結構、異様な振動エネルギーを伴うので、1度体験すると、決して忘れることはない。成人を過ぎてもその膨張感はずっと続いた。
(続く)