S先生(日蓮宗・ご住職・男性)が、ある時、あるテレビの生放送にご出演されたことがあった。夜の番組である。当初の放送時間は1時間だったが、30分ほど延長された。S先生はその1時間半、最初からずっと出っぱなしだった。私は家族と一緒に、なんだかとてもドキドキしながら、自宅の居間で見ていた。知っている人がテレビに出ると、結構、うれしいものである。S先生はお尚さんだから、おしゃべりがとても上手だし、生放送とはいえ、そんな大きな失敗はしやしない。でも、なぜか、ハラハラ、ドキドキが止まらなかった。
番組がはじまって、すぐにS先生が紹介された。どんなお姿かと思いきや、それはそれは立派な法衣姿で登場されたのだ。司会者やスタジオに見に来ていた人達に向かって、ゆっくりと合掌をされ、静かに優しく祈るS先生のお姿を見た私は、「きゃー、カッコイイー」と思った。
まー、でもね、出家されたお方さまだから、普通の人とはやっぱり違う。ましてや祈りのプロなんだから、そりゃ、カッコイイに決まってるよねぇー・・・などと思いながら、私は気持ちがドンドン上がっていった。
その生番組が終わりに近づいた時、司会者の問いかけに、S先生は今晩の電車でお寺に帰りますと、そうおっしゃったのだ。「え? 今夜中? これから?」と、私はそう思った。
それで家族と相談して、S先生のお寺の最寄り駅までS先生をお出迎えに行っちゃおうか・・・という話になった。決まったら早い。「それ行けぇー!」という感じで、同駅に急いだ。
S先生のお寺の最寄り駅に着くと、すぐに電車がプラットホームに入って来た。「来たよ、来たぁー!」と私は喜んだ。でも、S先生はその電車には乗っていなかった。そしてしばらくすると、また次の電車がプラットホームに入って来た。その度に私は喜んだ。「今度こそ!」と思った。でも、その電車にはS先生は乗っていなかった。それを繰り返すこと1時間位経った頃だった。
その駅の改札口は2階。私たち家族は、そこから階段を下った1階の踊り場で、立って待っていた。すると、私の家族がいきなり、「あ、たぬきぃーーー!」と、やや響く声でそう言ったのだ。それで私は、後ろを振り返って辺りを探した。でも、たぬきらしき生き物は見当たらなかった。
なので、私は周囲を更にキョロキョロとしながら、「どこよ、どこ? どこ?」と言った。すると家族が「そこだよ、そこ!」と言った。私は、家族が指差すその方向に目をやった。
な、なんと、私が立っていたところから横に、わずか50㎝位のところで、大人のたぬきが1匹、「チョコン!」とお行儀よく座っていたのだ。しかも・・・だ。しかも、S先生がもう直ぐ下りてくるであろうその階段に向かって、たぬきが腰を下ろしていたのだ。その時、私はたぬきと目が合ってしまった。
私は、「えー! なんでこんなところにポンポコたぬきがいるのー」と思った。実際に見たのは初めてだっただけに、私は本当に驚いた。でも、すごくカワイイと思った。
私と目が合ったそのたぬきは、その後、すぐに立ち上がり、フラフラと草むらの暗い方へと歩きはじめた。鼻を地面ぎりぎりまでつけては上げ、つけては上げの動作を繰り返しながら歩いていたので、何をやってるんだろう・・・と、私はそうも思った。私は、段々面白くなってしまい、それで、S先生のお出迎えをそっちのけで、そのたぬきの後を追った。本当は頭をちょっとなでなでしたかった。
見た感じ、攻撃性はなかったが、野生のたぬきだった。しばらく真っすぐに進んだと思ったらユータンして、それで左折したのだ。なので、私も左折した。ところが、左折したたぬきがそのまま姿を消してしまったのだ。「あれ?」と思った。
恐らくそこに住家があるのかもしれないなぁーと思った。しばらくその周辺を探したが、それきっりたぬきの姿はなかった。当たりはもうすっかり暗かったので、それ以上追うのはやめた。
こんなことって、あるんだーと思い、たぬきとの出会いに、私は本当に感激した。
その後、S先生が同駅の階段を下りてこられた。「おかえりなさぁーい! ご苦労様でしたぁー!」と言って、静かに拍手をしてお出迎えをしたところ、S先生はとても驚かれたが、でも、なんだかとてもうれしそうだった。
(完)