先日、近所の農協にお野菜や果物などを買いに、自転車で行ってきた。「ガラガラガラ・・・」とアルミ製のスライドドアを開けて店内に入ると、すぐ右手後方に、大きな青いコンテナに、ゴロゴロとはっさくがたくさん入っていた。それを見た私は、「あ、珍しいなぁー、こんなにもたくさん・・・」と思った。1つ目のコンテナの中には、一番小さいサイズのはっさくが入っていた。その次のコンテナの中には、中ぐらいの大きさのはっさくが入っていて、その次は大、そして一番奥には特大のはっさっくが入っていた。
それぞれのお値段は、小と中が1個50円、大が1個60円、特大は1個70円だった。その特大の1つを何気なく手に取って見たら、へたの切り口が、なんだかすごくみずみずしくって、張りがあり、しっかりしてるのがすぐにわかった。そもそもへたがこんなにもきれいなのを見たことがなかったので、私は結構、感動し、「さすが(地元産直送の)農協!」と思った。実(表皮)もしっかりしていて、すごくきれいだった。
手に取って関心していると、店員のおねえさんが「スーッ」と私に近づいてきたので、私はつかさずこう言った、「なんか、このはっさく、すごい!」って。おねえさんもその意味がすぐにわかったみたいで、私にこう教えてくれた、「なんか、表面も(農家さんが)磨いているみたいですよ。」と。
それを聞いた私は、ちょっと驚いてしまい「え? ワックスかなんか付けて?」と、聞いてみた。すると、「いいえ、いいえ、そういう物は一切使わず、布だけでキュッキュ、キュッキュと、磨いているみたいですよ。」と、ジェスチャー交じりで教えてくれた。「それはよかったぁー!」と私はそう思った。
土壌や気候が特産地の愛媛と違って、今私が住んでいるこの街では、柑橘系は採れないんだろうなぁ~・・・と、私は何となくそう思っていた。でもこれだけ立派なはっさくを作れるなんて、「(ここ地元の)農家さん、すごぉーい!」と思った。
私は、そのはっさくを前にして、そのおねえさんに聞いてみた、「このはっさくは、酸味が強いのでしょうかね?」と。すると、おねえさんは、「普通のはっさくと同じで、酸味もあるけど甘みもあって、食べやすいわよ。」と教えてくれた。それを聞いた私は、安心して1個、2個、3個・・・と数えながら、自分の買い物かごへと、次々に入れていった。結局、全部で20個買ったのだが、サービスで1個つけてくれた。うれしかった! でも喜んだのも束の間で、特大21個は、重いこと! 重いこと!
何かの話の流れで、そのおねえさんが教えてくれたのだが、そこの果樹園では別の柑橘系も作っているのだという。でもそこのご家族は、農協には卸さない、特別な柑橘系も作っているのだそうだ。それはすごく美味しいので、自分たち家族だけで食べているのだという。
それを聞いて、私・・・、なんかすごくわかる気がした。私たち家族がS先生(日蓮宗・ご住職・男性)のお寺にお伺いした時に、帰りに手土産としてS先生から、生のいちごをそのまま凍らせたものを箱詰めで頂いたことがあったのだ。S先生が地元のいちご農園から頂いたものだという。それが、すごく美味しかったのだ! 家に帰って来た早々、1個、2個・・・とガリガリとそのまんま食べ始めたのだが、もう、美味しくって、美味しくって、止まらなくなってしまった。その時、真冬だったので、最後の方は身体が冷えて、震えながら食べたのを今でも覚えている。それこそ「誰にも上げなぁーい!」って、私はそう思ったのだ。だから、特別な柑橘系を作っているそのご家族のお気持ち、なんかわかる気がした。
でも、S先生のすごいところは、必ず人に分け与えるのだ。絶対に独り占めしない。この事に気づいたのは、S先生に出会ってからずっと後のことである。これまでずっとS先生にお世話になってきたので、ある時、名物の石窯パン(カンパーニュ)を、地方のお店から直接S先生のお寺に送ってもらえるように、私が手配したことがあった。
カンパーニュとは、フランスパンの一種で、丸くて、大きくて、固い田舎パンのことである。チーズ入りだったり、プルーンや、いちじく入りなど、全部で5~6種類のカンパーニュをお願いして、特別に作ってもらったのだ。厳選素材を使っているので、安心、安全で、しかも弾力があり、噛めば噛むほど小麦の味がして、ほんと美味しいのだ!
そこのお店は、数年前までインターネット販売をしていたカンパーニュの専門店なのだが、店長のご主人がもう年で、インターネットビジネスはやめてしまったのだという。でも、そこの店長は、数年前に注文したことがある私のことを、どうも覚えてくれていたみたいなのだ。それで特別に焼いてくれることになった。私は、「間に合ったぁー!」と思い、大喜びした。
意外に思うかもしれないが、この手のタイプのパンは、出来立てよりも、1日か2日置いた方が、味が馴染んで美味しくなるのだ。勿論、そのお店独自の作り方にもよると思うが・・・。ちなみに、そのお店はフルーツ由来の天然酵母を使っている。しかも石窯は店長の手作り。正に本格派の専門店なのだ。
そのカンパーニュがS先生のお寺に、宅急便で届けられたその日、お寺には信者さんが5~6人集まっていたそうだ。S先生は、なんとそのカンパーニュを、その信者さん全員に分け与えたのだ。みんなが満面の笑みを浮かべ、(みんなが)切り分けられたカンパーニュを片手に1個ずつ持って写真を撮り、その日のうちにS先生が、お礼のメールと共に写真を私に送って寄こしたのだ。喜びのあまり、誰かが、「写真、撮ろうかー!」と言い、そして別の誰かが「そうだよ! 撮ろうよ! 撮ろう! 撮ろう!」と言い出したという。S先生がそう教えて下さった。
み~んな同じ笑顔! み~んなカンパーニュを手に持っていたのだ! 私は、もう、笑っちゃって、笑っちゃって、ほんと面白かった! だって、なぜか、みんな顔が似ているのだ。子供や中高生ではなく、全員大人! 笑みを浮かべるのはいいが、普通のパンと違って固いんだから、あごと歯、大丈夫かなぁ~・・・と、私はそうも思った。
心配しつつも、「よ~し!」と思い、私はこの事を、カンパーニュを作って送ってくれた店長に、すぐにメールで知らせたのだ。店長もすごくうれしかったみたいだ。私への返信にそれがよく表れていた。
そもそも石窯パンは、S先生のお寺の周辺では売っていない。電車を乗り継いで、少なくとも片道1時間半をかけなければ、そういったベーカリーショップに辿り着くことはない。地元から集まったS先生の信者さん達が、近所の普通のベーカリーショップを通り越して、果たしてそんな長い時間とエネルギーと交通費をかけてまで、石窯パンを買いに行くだろうか・・・だ。なかなか手に入らない、そういったパンでも、それでもS先生は、信者さん達に分け与えたとわかった時、「さすがだなぁー・・・」と、私は心から本当にそう思った。すごく感動したのだ。余談になるが、S先生は、大きい冷蔵庫を持っている。冷凍保存しておいてさっ、食べたい時に(パンを)焼き直して食べる・・・という手もあるのだ。
こういう話をすると、「S先生は、あまりパンをお好きではないんじゃないの?」と、そう思われてしまったかもしれない。でも、S先生はパンがお好きなのだ。以前に、チーズパンや、有機レーズンを使ったパンなどを、私が家で作って、S先生に差し上げたことがあった。S先生は「丁度、食べたいと思っていた・・・」と、そうおっしゃり、静かな喜びを浮かべられたこともあった。
本当の豊かさとは何か・・・ということを、恐らく、S先生は祈り(唱題プラクティス)の中で、実際に体現されているのかもしれないなぁ~・・・と、私はなぜか、ふと、そう思った。
(完)