国内のある有名な音楽大学を卒業された音楽家が、ご近所で喫茶店のマスターをやられている。大学での専攻は声楽科で、歌もピアノもとても上手。まさにプロ並みだ。
マスターが、コーヒー好きだったことが理由かどうかは知らないが、マスターをやってみないか・・・というお誘いのお話があって、それでどうも雇われマスターになったらしい。
喫茶店のマスターになるからには、コーヒーの淹れ方から、スパゲティーやサンドイッチ作り、それにちょっとしたデザート作りなども、それなりのセンスと腕前がないと、経営を維持していくのは難しいと思う。ところが、そのマスターは、音楽家でありながら、マスターとしてオールマイティーにこなせるという。それこそ歌を唄いながら、リズムよくマスターになったんだろうか・・・と思うほど、お仕事もお出来になるそうだ。
店内の広いスタバだと、そこを貸し切って演奏会が行われることもある・・・と聞いたことがある。まさに今お話している音楽家のそのマスターも、その類いだった。
常連客を集めて、1人わずか500円かそこらの会費を徴収し、その店内で、時々マスターの演奏会が行われる。最初、この話を聞いた時、私は結構驚いてしまった。だって、ワンコインよ。
店内には、アップライトのピアノがいつも置いてある。マスターがそのピアノを弾きながら唄うのだ。お菓子や飲み物も、食べ飲み放題。カウンター席も含めて、店内にはざっと20人~30人位は入れるという。ほぼ満席状態になり、すごい人気ぶりだ。
午後からはじまっても、なかなか終わらず、みんながお菓子や飲み物を徐々に食べ飲みつくす。お腹が空いていよいよとなると、「よし!」と言って、マスターが店内の調理場へ行き、なんか作ってご馳走してくれたこともあったそうだ。しまいには、外のシャッターを下ろしちゃってね、店内で、飲んだり食べたり、歌ったりで、夜中近くになって、ようやくお開きになったこともあった。最後にお菓子が残ると、会の参加者に持たせたりもする。
私の家族が、足惜し気にその演奏会を見にいくが、ある時、ロールケーキをもらって帰って来たことがあった。タフィーやヌガー、チョコレートバーなど、魅力的なお菓子まで持たせて帰すのだ。それじゃ、採算が取れないでしょう・・・と思うが、それでいいんだそうだ。
そういうお店だからこそ、やはりどことなく人が集まってくる。
イタリア人って、飲めや歌えが大好きだと言われているでしょう? なので、「そのお店に集まってくる人たちは、過去世でイタリア人だったんじゃないの?」って、思うほどである。
マスターだってね、将来は喫茶店のマスターになるつもりで、音大で勉強していたわけではないでしょうし・・・。人生って、わかんないよねぇー・・・と、私はそう思った。そのマスターは、結婚されていて、お子さんももう成人しているらしい。
どんな道でも、その道で20年やり続けると、人が聞きに来るようになる・・・と聞いたことがある。年数はともかく、第一希望の道じゃなかったとしても、今を快く生きているマスターを素敵だと思った。
(完)